93歳で世を去った父方の祖父は、晩年を鳴門ウチノ海の漁港・堂ノ浦で暮らした。
からだに沁(し)みこんだ海好きはこの祖父ゆずりなのだろう。祖父を訪ねた行き帰りの、渡し船から眺めた風景の断片や、船着場の小さな桟橋が記憶に残っている。
その桟橋の先端(はな)にしゃがみこんで神秘な海中の世界に心をうばわれ、いつまでものぞきこんであきることがなかった。
幼い心に焼きついた甘美な感動は、いつか現実を超えて自分だけの伝説の世界を形づくっていったようだ。
近ごろの汚れた海を見るたびに、人間の営みの愚かさとかなしさをおもわないではいられない。
でも海は、決して人間なんかに負けはしないだろう。
いっときも休むことのない水面の波紋を見つめていると、遠いはるかな記憶とむすびついていて、「伝説の海」がいまも鮮やかに甦(よみがえ)ってくる。
『’92とくしま』発行 徳島市 まちと水の光彩
p4.5「伝説の海」 Photoessayより