展 覧会の会場で、私の染めた布から「藍の香り」がしないと云われた事があります。改めて気付かされ注意して本を読んだり、余所の藍染と比べてみたりしました。匂いは人によって強弱の差もあり、自分の体験で判断したことを基準としての比較になります。確かに沈殿藍系統のインド藍や琉球藍で染めた布は匂いが幾らか残っていますが、それとて個体差があるようで染めた後の条件もまちまちです。ただ、合成藍や化学薬品(ハイドロサルファイトや苛性ソーダ)が使われている藍色の布の場合、強い刺激臭が残っていることがあります。
藍の特有として「本藍を使っているかどうかは、香りをかぐとすぐわかります。湿った土のような、閉め切った蔵の中で置かれたような不思議な匂いがして、麦わらや、堆肥、山や、あぜ道がパッと目の前に浮かんでくるような感じがします。」と語られたり類似の趣旨の文章を多く見かけ、私は釈然としない思いが湧きました。文学者や教養人などが一様に〈藍色の伝統的な浴衣や油単や風呂敷〉を前に過去を懐かしむように伝えてくださります。多くの情報がないとこのような心地には成らないと思いますが、1970年代頃から天然藍を讃美する言葉とともに広く云われるようになります。
「昭和初期までは日本各地に藍染が残存していたし(そのほとんどが合成藍との混合建ではあったが)、まだ藍染の香りが残されていた。」などと染色方法も注意深く言い添えられた賛辞もありました。私は、これが藍の香りの正体だと思いました。藍染の仕事場は、藍の染液が醗酵によって維持されていますので、醗酵の状態によってアンモニア臭の匂いがあります。その匂いも藍建て初期の醗酵の勢いが強い時はツンと鼻先を刺激しますが、藍瓶に蓋を閉めますと殆ど匂いません。染めた布も余程洗いの悪いものでないと、「堆肥や土」の匂いまですることは無いですし、染めたての布からはちょっと日向臭い独特な匂いはしますが、時間が経ち乾いていれば極僅かな匂いになります。展覧会場や納められた箱の中から漂う程の香りではありません。
蒅藍と比べると沈殿藍の場合、染料を作る過程から生じる匂いが染料に残っています。明治から行われていた「混合建」には、合成藍の輸入が始まる前はインド藍が使用されていました。苛性ソーダも当時から使われていましたので、おそらくこの時染められた藍色の布の香りが記憶されて郷愁を誘ったのでしょう。昭和初期の藍染は合成藍+苛性ソーダ+緑礬•亜鉛末が主流でした。